記録としてエントリーしておく。
2011年3月11日は春とはいえ肌寒い日だった。
その時僕は秋葉原近くの岩本町にあるビルの4Fにいた。
14:46
揺れがやってきた。最初はそれほど強くなく、「また三陸沖に地震でも起こったのか」と思った程度。ところがいつまでたっても揺れが収まらない。その内横揺れが強くなってきてビル全体が軋み始めた。ほかのメンバーとともに慌ててノートパソコンを抱えて机の下に潜り込んだ。しかし、いっこうに揺れが収まらない。
14:50頃?
ようやく揺れが小さくなったので、いったんビルの外へ避難することに。エレベーターが止まっていたので外階段で1Fまで降りた。外にはほかのビルから出てきた人や通行人たちがたくさん集まっていた。ビルの真下にいるとガラスが割れて落ちてくると危ないので道路の真ん中で待機した。駐車している車は防犯装置が働いてブザーが激しくなっていた。
15:10頃?
そろそろ中に戻ろうかと話していたとき、激しい余震が起こった。車は街路樹が激しく揺れ、ビルが揺れているのもはっきりとわかった。ここでいったんビルへ戻って身の回りのものを持って安全な場所へ避難することを決めた。近所に病院があり、その前の広場が適当だろうということで全員で移動を開始した。秋葉原近辺は同じような人でごった返していた。会社支給と思われるヘルメットをかぶった人もいて緊張感が高まってきた。
15:20頃
病院の広場に到着。すでに200人くらいの人が集まっており、ケータイでワンセグ放送を見たりケータイをかけたりしていたが、ほとんどの人がつながらない様子だった。幸い、ツイッターが生きていたので、僕はもっぱらTLで情報収集した。ここで前に買ったエネループの充電器が初めて役に立った。心許ないiPhone4の電池を心配することはなかった。
16:00頃
余震が収まらず交通網もどんどんストップしている状況でついに業務停止と社員の帰宅を判断。もう一度ビルに戻り、支度をしていくつかのグループに分かれて帰路についた。新宿方面へ帰るのは男女それぞれ2名ずつの4名。新宿まで徒歩で1時間半から2時間と読んだ。途中でタクシーが拾えればラッキーと歩き始めた。ただ、それはとんでもなく甘い考えだったが。。
16:30頃
女性メンバーがハイヒールを履いていたのでスニーカーを買うことにした。幸い、神保町に安売り店があり、全員そこでスニーカーを買った。2,980円なり。これでずいぶん楽になった。靖国通りをひたすら新宿を目指して歩く。周りには同じような帰宅避難民がいて、見える範囲でずっと先まで行列が続いていた。
車はほとんど動いていなかった。途中でバスがやってきて、新宿西口行きだったので乗ろうかと迷ったがこの状況では歩いた方が早いだろうと判断して乗らなかった。(おそらく正解だった)
九段下まできた時、十台前後の消防車と数台のパトカーで封鎖されているエリアがあった。後で知ったのだが九段会館で天井が落下して女性が亡くなっていたらしい。
武道館へ続く道はまるで人気アーチストのコンサート終了直後のような人手だった。黙々と坂を上る何千人という人たち。緊迫感がそれほどなかったのは東京自体に被害がそれほど出てなかったためだろう。これが関東直撃だったらこのように整然と歩くことができるだろうか。
18:30
新宿に近づくに従って人が増えてきた。JR市ヶ谷周辺は車道にまで人があふれ、歩道が狭いためみな車道の端を通って歩いた。前後で何人かの人がケータイにチャレンジしていたがほとんどつながらず。たまにつながっていたのは全部auだった。KDDIやるな、と。
すっかり日が落ちて寒くなってきた頃、ようやく新宿の灯が見えてきた。あちこちで道路が封鎖されているため迂回しながら近づく。駅の横を抜け西新宿のオークタワーが見えてやっと帰ってきたと思った。
成子坂下で他のメンバーと別れて青梅街道をさらに西へ。途中で寄ったコンビニではめぼしい食料は全部なくなっていた。僕が単身赴任で来た時に自転車を買った店も在庫がほとんどなくなっていた。相変わらず歩道は人であふれていたが、たぶんこの人たちはこの先高円寺や荻窪まで歩くのだろうと思うと、自分の幸運を感じずにはいられなかった。
19:00
ようやく部屋にたどり着いたのが19時過ぎ。結局秋葉原から2時間半かかったことになる。後で調べたら距離は約10kmなので本来なら2時間程度で歩けるはずだ。でもこれで本番?の予行演習はできた。
部屋の中を見てあぜんとした。テレビは無事だったものの、テーブルの上の本や加湿器が落ちてひっくり返っている。キッチンもキャスターのついた棚が大きく移動し、シンクの横に置いていたソースや醤油が落ちて床一面に広がっていた。
普段はこんなに汚いことはありません。念のため。

大きくずれた棚。上のポットも落ちそうだ。

引き出しが開いて食器棚も大きく動いている。右端のソースのボトルが倒れて中身が全部出ていた。

洗面所の棚のものも全部倒れるか落ちていたが、幸い壊れたものはなかった。
