天安門事件から20年

天安門事件20年、香港の追悼集会に15万人 中国本土は厳戒続く(nikkei.net)

もうあれから20年経つのか。

1989年6月4日、僕はバンコクでこのニュースを聞いた。翌々日、1日遅れでやってくる日経新聞を貪るように読んだのは、毎日のように通っていたスクンビット通りのラーメン屋だった。1ヶ月の間、中国が大きく変わる期待がふくらんでいたが、この事件で一気に萎んでしまった。戦車の前に立つ、青年の姿を鮮明に覚えている。

しかしこの事件の後、ルーマニア革命が起こりチャウシェスクが捕らえられ、翌年にはベルリンの壁が破れてドイツが統一された。そして1991年12月、ソ連が崩壊することになる。世界中で起こった民主化の流れは、考えてみればこの事件が端緒ではなかったか。

インターネットのない時代、情報は旧メディアに限られていた。バンコクでもTV・新聞・ラジオはあったが、日本人の僕にとっては情報源になり得ない。一日遅れで届く日本の新聞だけが頼りの毎日。その代わり、日本人だけでなくタイ人や中国人、アメリカ人の見解も身近で聞くことができた。異国で知る世界の動きは日本にいる時とひと味違う。だからこそ客観的だったとも言えるのだが。

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タイで武力衝突

タイ衝突2人死亡 負傷者、110人超す(nikkei.net)

ついに武力衝突となり二人の市民が死亡した。
今回の混乱はいつものお決まりの「クーデターごっこ」とは明らかに違うようだ。

僕がバンコクにいた90年頃は、市民がここまで政治に介入することはなかった。軍人と文官の政権の取り合いが基本で、大抵の場合、国王が出てきて収まった。現状では国王が出てくる様子もなく、第一、出てきたとしても仲裁する当事者が誰なのか。これまで国家元首としてだけではなく、国民の90%が信徒である仏教の最高位の存在として神聖化されてきたプミポン国王の立場が揺らいでいる。今回の争乱の根本的な問題がここにある。海外に逃亡しているタクシン元首相は「人民革命」という言葉を使ってデモを煽っている。その意味するところは・・・。

ところで先日ASEAN会議が反政府デモによって潰されたが、その会場となっていたのがパタヤにある「ロイヤルクリフリゾートホテル」。名前の通り昔から王族御用達の由緒あるホテルで、1987年に始めてタイに行った時、泊まったことがある。それまで海外と言えば大学時代に行ったハワイくらいで、ホテルは海岸沿いの観光客用のエコノミークラス。本物のリゾートホテルというものに泊まったのはロイヤルクリフが初めてで、その豪華さとホスピタリティに感動したことを覚えている。

ニュースの映像ではデモ隊が押し寄せてホテルの玄関のガラスが割られ、乱入する姿が映っていた。タイ王国を象徴するホテルへの市民の乱入劇。今回の混乱の象徴的な姿を見た思いがした。

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クーデター前夜?

タイ首相、2空港に非常事態宣言発令 治安部隊投入も

タイがいよいよ緊迫してきた。
新・旧二つの空港が閉鎖されたため、ソムチャイ首相は実力行使で反政府市民団体を排除する構えだ。そうなると10月9日に首相府で起こった流血騒ぎになる可能性がある。ソムチャイ首相は失脚したタクシン元首相の傀儡と見なされており、反タクシンの軍トップ・アヌポン陸軍司令官の動向が注目されている。従来ならこの辺りで陸軍が「国民の意を得て」クーデターを起こし、国王の了解をとりつけるところだ。今のところアヌポン司令官は「その気なし」とのことだが、今日・明日起こっても不思議ではない。プミポン国王陛下もさぞかしご心痛のことだろう。

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タイの混乱

タイ軍、強制排除せず 首相府占拠、長期化の様相(nikkei.net)

タイがきな臭い。

現在のサマック首相は2年前のクーデターで海外に追われたタクシン元首相の傀儡と言われ、反政府運動が根強い。鍵を握る陸軍は首相府に集まっている反政府団体の排除を行わず、市民同士の衝突防止につとめているとのこと。いつもならこのあたりで民意を受けた陸軍がクーデターを起こし、国王陛下に許可をもらって政権交代というのがパターンだが、今回は様子が違う。想像するにプミポン国王の威光に陰りが出ているということか。英邁なプミポン国王も80歳を超えた。2年前のクーデターもタクシン元首相が国王の権限を狭めようとしてクーデターが起こったという噂があったが、そもそもクーデターで追われた元首相の傀儡政権が成り立っていること自体が不自然だ。

アヌポン陸軍司令官は現政府と反政府勢力の勢力争いを見定めているのだろうか。万が一、国王陛下の身に何かあるとタイ国内が混乱するのは間違いない。まさか王制打倒のようなクーデターが起こるとも思えないが、跡継ぎ問題も絡んで予断を許さない状況ではある。

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バンコクの歯医者さん

久々にタイのお話。

昨日の話で思い出したのだが、タイにいる間に虫歯が痛くなり、意を決して歯医者に行ったことがある。入り口には「牙科」(歯医者のこと)と漢字でかかれていた。タイで商売しているのはほとんどが華僑で、彼らはどこの国においても自分たちの文化を守る。自国内で他国の文字が氾濫することについては抵抗があると思うのだが、この点においてタイ政府は昔から「同化政策」を取っており、柔軟だ。漢字の看板の隅っこにタイ語の記載があればそれでOKなのだ。なので歯医者の看板には真ん中に大きく「牙科」と書かれていて、たぶん、どこかにタイ語で同じ内容が書かれていたはずだ。こちらはタイ語が読めないので「牙科」だけが目に入り、その語感にびびっていた。できれば行きたくなかったのだが…。

心配した治療は、日本と同じやり方で問題なく終わったことを覚えている。日本から技師が来ているので、金属で埋めた部分もまったく違和感なく今まで過ごしてきた。今回欠けたのはその時治療した歯の一部だった。しかし、タイ人の歯医者さんとのコミュニケーションには苦労した。当時、まだ僕はタイ語がうまくなく、片言の英語とタイ語でやり取りした。タイ語で痛いは「ジェッ(プ)」(プは飲み込む音)と言うのだが、治療中痛くなっても発音ができない。仕方なく、痛い時は手を挙げて合図することにしてもらった。よく考えるとタイ語のうまいヘタの問題ではなく、発音の時に唇を閉じる必要があるので、土台無理だったのだ。

タイで歯医者に行ったのは一度きりだったが、家で働いていたお手伝いさんが歯が痛いというので治療代を出してあげたことがある。彼女の給料では治療が受けられないのだ。周りの日本人にはたしなめられたが、歯の痛みは耐えられないし、それで毎日憂鬱な彼女の顔を見るのもイヤだったので。昨日のエントリーを書きながらそんなことを思い出した。

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