タイのお話 〜トッケーの鳴き声〜
家の中にいるチンチョウは可愛らしいイモリだが、タイにはポピュラーな「トッケー」というトカゲがいる。胴の長さだけで30僂呂△襦大型のトカゲだ。夜寝ているとどこからか「トッケー、トッケー」という鳴き声が聞こえてきて、なんだろうと思っていたらこいつの泣き声だった。鳴き声がそのまま名前になったらしい。

近藤紘一さんの本の中でベトナムの「カッケー」というトカゲのことが書かれていたが、同じ種類だ。何でもベトナムではカッケーの鳴き声を7回連続で聞くと幸運があるらしい。バンコクで本を読んで早速夜中に耳を澄ませていた。タイのトッケーはよく泣くのだが、大体は3、4回で終わる。「トッケー、トッケー、トッケー、トッグッ…」という感じで最後はのどになんか詰まらせたような鳴き声になる。何回もトライしたが6回聞いたのが最高だった。いつかまたバンコクに行ったときは今度こそ7回聞いてやる。

ところでトッケーと言えばこんなことがあった。
バンコクのオフィスは普通の2階建ての民家の1階にデスクを並べたもの。僕は2階の1室で寝起きをしていた。ある日、始業時間になったので2階からオフィスのある1階に降りてみると、玄関横のカーテンが揺れている。何かなと思って開けたら、上からドサッと何かが落ちてきた。大きなトッケーだ! お手伝いさんはびっくりして叫び回るし、出勤していた従業員の女の子は逃げ出すし、大騒ぎになった。男は僕一人だったので仕方なくモップで玄関から外に追い出すことにした。するとトッケーは真っ赤な口を開けてモップに襲いかかって来るではないか! てっきり逃げるものと思っていた僕は半ばパニックになりながらモップで応戦し、何とか玄関から外に追い出すことができた。

間近で見たトッケーは凶暴な顔をして、ちょうどエリマキトカゲのエリマキがない感じ。トカゲに逆襲されるなんて想像もしていなかったので本当にびっくりした。しかし、おかげでお手伝いさんと従業員の女の子からはソンケーの眼差しで見られ、社長としても男としても面目躍如だった。チンチョウには会いたいけどトッケーにはもう二度と会いたくないなぁ。それにしてもなぜトッケーが家の中にいたのだろう。未だにナゾだ。
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タイのお話 〜チンチョウとゴキブリホイホイ〜
タイでは家の中によくヤモリがいた。
「チンチョウ」と呼ばれる灰色のヤモリ。最初はびっくりしたが、あまりにも普通に家の中にいるのでその内慣れてしまった。家の中で害虫を食べるので、タイ人にとってはありがたいらしい。よく見ると可愛い顔をしていて「チッチッ」と鳴く。放し飼いのペットみたいなものだった。

タイにもゴキブリがいて、チンチョウが餌にしていた。最大10僂らいある超巨大なやつ。ところが日本のそれと違って超ニブイ。ゆっくりゆっくりと這っていくのでチンチョウにとっては好都合らしい。駆逐してくれることを期待していたが、事務所の中にはチンチョウよりゴキブリの方が多かった。そこで近所の日本人向けスーパーで「ゴキブリホイホイ」を買ってきてあちこちに仕掛けてみた。ところが…

ゴキブリが入らず、チンチョウが入っていた。朝、中をのぞいてみると干物のように干からびて張り付いている。なまじ吸盤があるものだから逃げようがなかったらしい。本当に可哀想なことをした。それからはゴキブリホイホイを撤去したが、あの可哀想なチンチョウを今でも思い出す。

ところで、チンチョウにはこんな思い出もある。タイの南部にあるハジャイという町に行った時、ロッジ型のホテルに泊まった。各部屋が一軒家になっていて、ドアの外は芝生の庭になっていた。夜中に目を覚まして天井を見ると無数の星が光っている。寝ぼけ眼で「きれいだな」と感心していてハッと気がついた。部屋の中にいるのになんで星が見えるんだ? 慌てて照明をつけてビックリ! なんと天井一面にチンチョウが張り付いている。星と思ったのは目だった。ドアの隙間から入り込んで、天井にいる蚊を食べようとしていたらしい。ゲロゲロ…
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タイのお話 〜ゴルフ三昧〜
ゴルフを始めたのはタイにいる時だった。
ある日、いきなり練習もせずにゴルフ場に連れて行かれて初ラウンド。空振りを見逃してもらったり、1mのパットをOKしてもらったりしてスコアは136だった。これが未だにワーストである。それからはまってしまった。

バンコクにも練習場はある。スクンビット通りの端のソイ(路地)を入ったところ。日本と同じようにネットに囲まれて、向こう側まで150y。球はチケットで買うのだが、30球で100円くらいだったと思う。もちろん自動ティーアップなどはなく、その代わり子供にチップを払うと打つたびに球をセットしてくれた。球拾いも子供達の役目。何時間か毎に休憩があって、一斉に打つのをやめると10人くらいの子供達が球拾いを始める。何事も「人手で」というのが当時のタイのスタイルだった。

ラウンドは多い時で1ヶ月に15回くらいやった。ほぼ2日に一回。ハーフの休憩がなくスルーで回るので、朝6時半頃ティーアップすれば10時には終了する。それからシャワーを浴びて会社に行っていた。おかげでスコアはどんどん良くなり、初めて3ヶ月でベストが103になった。これならすぐにでも100切りだーと思っていたら、そこからなかなか伸びない。結局、タイにいる間は100を切れなかった。 …で、結局100切りしたのは日本に帰ってから2年目だ。あと1ヶ月タイにいれば切れていたのに、と今でも思う。
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タイのお話 〜片腕の少女〜
カテゴリー整理をしていて、タイのエントリーが少ないことに気がついた。
1989年〜1990年、僕はタイのバンコクに住んで仕事をしていた。それまで勤めていた広告代理店を辞め、まったく経験のない海産物の生産と輸出の仕事。なぜそうなったのかは追々書くことにして、今の僕のルーツとも言える経験をしたあの刺激的な2年間のことを、ブログにまとめておきたいと思った。不定期なエントリーになると思うけど、まずはこの話から…

今でも鮮明に覚えていることがある。当時暮らしていたマンション沿いのスクンビット通りの端に日本のデパート「そごう」があった。1Fにマクドナルドが入っていたこともあってよく通った。そのそごうの前に屋根つきの陸橋があって、そこに右腕がない少女の物乞いが座っていた。4〜5歳くらいだろうか、あどけなくかわいい顔をして物乞いをしている。僕は毎回、そこを通るたびに10〜20バーツ(当時のレートで100円〜200円)を彼女にあげた。屋台のそばが一杯食べられるお金である。(ちなみにマクドナルドのハンバーガーは200バーツだった) 彼女はそのたびに胸の前に手をあげて僕に「コップンカー」(ありがとう)と笑顔でお礼を言った。本当は胸の前で手を合わせる「ワイ」をするところが、腕がないのでできなかったのだ。

ある時、付き添いの秘書に「あれは親が腕を切ったんですよ」と信じられない話を聞いた。聞くとタイの物乞いは組織化されていて、必ず元締めがいて場所割りを行い、上前をはねているらしい。腕や足が不自由だとそれだけ同情で金がもらえるので、物乞いの親たちは子供が生まれると切り落とすのだという。それしか収入を得る道がないからだ。当時はまだアジアバブルの前でタイはまだまだ貧しかった。繁華街に行くと時々乳飲み子を抱えた母親の物乞いがいた。あれも子供を元締めからレンタルされているのだという。僕はその現実にショックを受けた。

今、娘のさくらがちょうどあの時の片腕の少女の年齢だ。彼女は今何をしているのだろうか。話を聞いた後も毎回お金をあげた。彼女はいつも変わらず少し笑ってお礼を言ってくれた。今でもさくらのちょっとした仕草やタイのニュースを見るたびに、必ずあの少女を思い出してしまうのだ。
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タイのクーデター その2
昨日の続き。
やはり事態は沈静化に向かっているみたいだ。タクシン首相はタイへ帰ってくるかと思っていたけどそのままロンドンへ行ってしばらく滞在するらしい。まぁ、帰国すれば不正蓄財かなんかで逮捕される可能性があるからね。タイという国は、裏では「思いっきり」アンダーテーブルマネーが暗躍するくせに、表向き政治家には異常なまでの「清廉潔白」を求めてしまう。タイ在住時、そのあたりのニュアンスが日本人的に理解できないことが多かった。

毎年、年末になると工場があった地方の警察署にフランス産の高級ブランデーを6本届けに行く。そうすると翌年1年間は毎晩パトカーが工場付近を見回ってくれる。警察署長が大のブランデー好きだった。
一度、バンコクの事務所に泥棒が入ってFAXやワープロを盗まれたことがある。その時もお金を渡さないと捜査してくれなかった。(結局犯人は分からなかったが…)
スピード違反で捕まると、警察官が「ここにサインしろ」と出された書類の下に小さく折りたたんだ100バーツ札(当時のレートで800円)を挟んで渡すと、「行って良い」と見逃してくれた。
傑作なのは「マージャン罰金」で、タイではマージャンが禁止されていて見つかると逮捕されて罰金刑となる。なので、やりたくなったらあらかじめ所轄の警察に罰金を払っておくのだ。一度、三井物産の連中がこの罰金を払わずにマージャンをやって、捕まって新聞に載ったことがあった。

とにかく、賄賂が大っぴらに通るのがタイ社会なのだ。ところが、政治家や僧侶、軍人になると話は別。今回のクーデターの原因になったタクシン首相の不正な株取引などには目くじらを立てて建前論を振りかざす。さすがトルコ以西で日本と並んで唯一列強の支配を受けなかった国だ。その一見不統一な価値観を実にうまく運用する様は、我々に到底理解できるものではない。

…ところで今回のクーデターで現地の日本企業が営業や工場の操業を停止したり、日本からの観光ツアーを中止したりしているが、まったく無意味である。まぁ、クーデターと聞けば大抵は物騒なシチュエーションを想像してしまうので無理はないが、もっと現地の状況を正確に把握した方が良い。市民生活はまったく変わっていないはずだ。こんなことでタイのイメージが悪くなるのは、僕にとっても少し悲しい。
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